わたしたちから、あなたへメッセージをお伝えします。

飲食業界の”変わらない価値基準”を、”最適化価値基準”に変えていきます。貞廣一鑑(代表取締役 社長)

貞廣一鑑(代表取締役 社長)

ビジネスのフィールド(事業領域)は飲食がメインですが、わたしたちは飲食事業という視点ではまったく捉えておりません。社会環境に即応した人材構造の編成最適化と、時代、マスマーケットの要求に即応するスマートなエディトリアル・ビジネス(編集事業)を行っています。

飲食業界の人財構造は、しきたり、伝統、徒弟制度、体育会系など限りなく上下(縦)関係で成り立ち、仕組み、規律やルールを固定化して成長してきました。この”変わらない価値基準”の中で“選ばれた人財”のみが生き残り、溢れた人財、スポイルされた人財は行き場を失っています。スポイルされた人財は、従事する責務を負いながら才能開花につながるファクターと適応性を、個々の意識の有無に関わらず、企業と人が相互に摘み取っているのです。

“変わらない価値基準”は、安心と安定をもたらすも、一方で、挑戦にブレーキを踏ませるネガティブな思考を堆積化させます。時代の価値観が加速度的に変貌を遂げる中、既存の構造に収まりきれず、一部で才能を発揮するチャンスが失われていることは否めません。企業の合理性、利益だけを考えた価値観の押し付け、欺瞞、傲慢、自己満足は必ずどこかに歪みがでます。その結果、ゲストも、スタッフもいやな気持ちになることは誰にも歓迎されません。ゆえに、自社の豊富で固有なコンテンツが機能する環境で、人が育ち、人が成長できる国内のスタンダードとなる。エディトリアル・ビジネス(編集事業)が、”変わらない価値基準”をしなやかに変えて行き、才能を発揮したい人が活躍できるチャンスと環境を作っています。

就業形態は、正社員、契約社員、パートタイマー、アルバイターなど、企業と人が望む理想的な関係を築くことも、”最適化した価値基準”のひとつです。”変わらない価値基準”環境を再編集することにより、現状の飲食、ブライダル、美容にとどまることなく、才能、能力、個性を生かせる、人が育つという旧来の垂直から水平へシフトした、あたらしい人財構造を構築、推進しています。

立つフィールド(事業領域)は、「Re_Culture」です。生活文化、食文化を現代のマスマーケットがのぞむ価値観にアレンジ、再生したうえで、店舗開発、空間演出、コンテンツ開発、人財の配置、編成を行っています。「Re_Culture」は、それぞれの地域と日本が有する文化の大いなる恩恵を、すべてのお客様に独自の演出で構成。忘れられ消えゆく地域の食文化や劇場文化の本質を現代版に再編集して、マスマーケット(大衆)にわかりやすく、親しみやすく、どこにもない初めてのあたらしい空間がすでに機能しています。そこへアート(芸術)、サウンド(音楽)、ファッションなどの要素を注ぎ込み、独自のフィールドをさらに構築していきます。

地方から都会へ。あのときのチームの強固な結束力がいまに生きています。堤 美紀也(営業部マネージャー )

堤 美紀也(EIGHT / SUPER SUPPERCLUB マネージャー ) 堤 美紀也(EIGHT / SUPER SUPPERCLUB マネージャー )写真

商業藝術とは、わたしを限りなく成長させてくる会社、それに尽きますね。企業は人なりと言いますよね。それを日々体感できるのも貞廣社長あってのこと。もし貞廣さんがいなければ自分はここにいなかったと断言できます。仕事に対する厳しい姿勢の裏側にあるもの、それは愛かな。この会社にいなければまた違った人生を歩んでいたと思います。だけど自分のいまの人格が形成されたのもこの会社があってこそ。次代は自分たちが創っていくんだという使命とやりがいを感じています。

入社していまではもう20年。会社がはじめて飲食事業を立ち上げる、そのときに入社しました。当時のみんなはひとつのチームとなって新規事業に向かって意欲に満ちあふれていましたよ。みんな元気でしたね。思い返すと、このときが自分にとって人生のターニングポイントとなりました。そしてそのスピリットが創業25年を迎えたいまでも色褪せることなく、脈々と継承されているんですよ。これは社員の誇りであり、社風に通じる重要な要素です。

このとき以来、さまざまな新店の立ち上げに起用されました。いまでも強く記憶に残っていて、やりがいを感じたことがあります。会社がはじめて商業施設に出店することになったんです。それは「chano-ma 横浜」です。広島の田舎から都会に出て行き、はじめての街のはじめての現場です。緊張する一方でチームのみんな、勢いがありましたよ。それに一切の不安もありませんでした。とにかく現場に入ってなんでも挑戦していったんです。すると施設関係者をはじめ、お客さま方から、“マニュアル通りじゃない接客と対応”が高い評価を頂き話題になったんです。このときの経験がいまに生きていますよ。自信を持ってみなさんに伝えられることは、貞廣さんを筆頭に、強固なチームが出来上がり同じ目的に向かって、お客さまに喜んでいただける自分たちの“オリジナルの仕組み”を作り上げていったということ。仕事は常に厳しいものですが、個性を生かしながらチームで取り組む醍醐味と目的達成感は何物にも代えられない喜びがありますね。

いま私はサパークラブ業態の大型二店舗のマネージャーを担当しています。スタッフ全員で、一見難しいことでもシンプルに考え、シンプルに実践していこうと努めています。さらにものごとを多角的に捉えて、チームで実行しています。お客さまの満足にお応えするには、サービスの基本をふまえながらも新しいことに挑戦してくことが大事です。違いを創り出すこと。それは常に仕事のやりがいに直結しているんです。

教師志望が、いまではマネージャー職。じつは互いに共通していることが。池田 奈津子(営業部マネージャー )

池田 奈津子(HIROSHIMA2016 RESTAURANT UNDER THE SKY / 茶論 記憶 / 準喫茶 喫茶 パール マネージャー )
池田 奈津子(HIROSHIMA2016 RESTAURANT UNDER THE SKY / 茶論 記憶 / 準喫茶 喫茶 パール マネージャー )

わたしは大学(広島大学教育学部)を卒業して、教師になろうと思っていました。それがいまこの会社でマネージャーをやっている。なんだか進路がまったく違うじゃないか、学んできたことが活かせていないんじゃないのって、みなさんから疑問を抱かれます。じつは、そうじゃないんです。

学生時代、自由奔放な暮らしをしていたんですね。教師になるという目標がある一方で、大学のある町で四年間ずっと同じ飲食店でアルバイトをしながら大学に通っていました。なぜなら教師になって生徒に教えるその前に社会人として経験を積むことが大事だからと思っていたからなのです。実際にお店で働いてみると、接客がとても面白く、自分の中で眠っていた特性が発揮できていたように思いました。もともとコーヒーが好きだったということもあり、自ずからそちらに目が向くようになり、自分がそういう世界で働いてみたいと仮定して、お店を探すようになったんですね。社会勉強になると思っていたからです。それが発端で、教師の道からこの会社へと舵をきったのです。

教育学部ではアパレルの勉強もしていました。商業藝術に入社する前に、どんな会社なのだろうかと自分で調べましたよ。すると、将来に向けて可能性に満ちているおもしろい会社であることがわかりました。商業藝術では衣食住というライフスタイル全般を総合的に関わることができるとわかったのです。すぐに広島から東京に出向きました。三度の面接を受けて合格の一報を受け取ったときはうれしかったですね。

実際に働いてみると、教師もいまのマネージャー職も同じだということに自信を深めました。それは、たくさんのスタッフに教えること、伝えることは、教師が学問を教えることと同じで、唯一違うのは教える環境が違っているだけのことなのです。そのためには、つねに学ぶことが大切です。現場でお客さまから教えていただくこと、気付くことがたくさんあります。その一方で、図書館に通うこともしばしばです。食文化、地域の歴史を調べながら、現場にフィードバックされる数々のアイディアが生まれるからです。

就職直前、教師でもあった両親からは、同じ教師の道を選んでいたわたしが「水商売」への道に入ることに反対されていました。それがいまでは、いつでも相談できて、応援してくれる立場へと変わりました。商業藝術の企業理念に深い理解を示し、さらには貞廣さんの経営哲学にも共感を得たことによるものでした。長い道のりの中でいろんな壁にぶつかることがあります。たとえ教師になっていてもそれは同じこと。置かれた環境でがんばることはどんな環境にいても共通した永遠のテーマなのですから。いま、使命感を持ってスタッフ一人ひとり、チームのみんなと仕事をできていることに感謝しながら業務を遂行しています。

そして現在、スタッフの教育について、会社独自としての考えに基づき、その施策、手法などを考案している真っ最中です。それはお客さまに「五感と個性を生かした接客」です。商業藝術にはたくさんのアルバイトさん、社員がいます。その個性を生かしながら、ほかと違いある独自の世界を構築することにチャレンジしています。教員免許を取得する資格があるのは29歳まで。そのときは超えてしまったけど、いまは自分で選択したこの現状になんの後悔もあるはずもなく、もっともっと挑戦していけることに喜びを感じています。

新しい発想でつねにチャレンジしながら、生涯現役を貫く覚悟です。立川 武弘(商品部マネージャー)

立川 武弘(料飲部マネージャー キャラントサンク・45 料理長 )

わたしはこれまで誰でも知っていらっしゃるような有名なレストラン、ホテルで総料理長などを経験してきました。自分でレストランを経営したこともありました。いま商業藝術で仕事をして感じることは、これまでの狭義な世界のしきたりやルールを飛び越えて、自由な発想でだれでも新しいことに挑戦できることです。それはこれまでの経験のなかでは唯一無二の存在です。

入社する前の職場と違って、ここではアルバイトさん、社員みんながフェアな環境で働いていることはとても驚きでした。会社のトップ、貞廣さんの経営哲学や企業理念から生まれるてくる企業精神を、みんなが理解し、それが隅々まで反映できています。一人ひとりが現場(店舗)のカオとなって生きいきと運営できているのです。そこには一人ひとりが周りのみんなを補完し合える関係があるのです。自分だけのことをしていればいいという考えはありませんね。この相互が補完できる関係は仕事にやりがいを生んでくれます。目的はお客さまの笑顔。そこにつながっているんですよね。

わたしは年齢を重ね、経験を積みながら、現役としてキッチンに立っています。わたしができること、したいこと、しなければいけないこと。それはたくさんあります。とどまることがありませんね。料理の質の向上に基づき、つねにお客さまに喜んでいただける新しいメニュー開発もその一つです。さらにスタッフへの技術をはじめとした総合的な教育にも力を注いでいます。

つねに新しいことに挑戦できるこの環境からは新しい発想が生まれます。そして新しい人、お客さまに出会えます。わたしはこの環境で80歳まで現場に立ちながら、現役でいようと思っていますよ。